アゼルバイジャンとアルメニアが軍事衝突

 旧ソ連のアゼルバイジャンとアルメニアが、係争地のナゴルノカラバフ自治州をめぐって大規模な戦闘を続けている。両国と良好な関係を保ちたいロシアは板挟みになり、有効な対応策を打ち出せずにいるが、その隙を狙い、アゼルバイジャンを全面的に支持するトルコが、同国の主要なパートナーとしての地位をロシアから奪う構えだ。
(モスクワ支局)

対応に苦慮するロシア
地域への影響力拡大狙うトルコ

 ロシアの通貨ルーブルが急激に下落し、9月末に1ユーロ90ルーブルの心理的ボーダーラインを越えた。クリミア併合を受けた対露制裁とこれに対するロシアの報復、そして石油価格の暴落がもたらした2015年のロシア経済危機を上回る水準だ。

9月27日、アゼルバイジャン西部の係争地ナゴルノカラバフで、安全保障会議を開くアルメニア人勢力=地元当局提供(AFP時事)

9月27日、アゼルバイジャン西部の係争地ナゴルノカラバフで、安全保障会議を開くアルメニア人勢力=地元当局提供(AFP時事)

 クレムリンに近い専門家らは口々に、これは一時的なものであり、じきにルーブルは値を戻すだろうと語る。しかし、多くの経済学者らは、年末までに1ユーロ100ルーブルに達するだろうと予測している。

 ルーブルが下落した要因はいくつかある。新型コロナウイルス感染拡大による経済活動の停滞は仕方のないことだが、このルーブル安に、ロシアが自ら拍車を掛けた側面を指摘する必要があるだろう。

 ベラルーシ大統領選ではさまざまな不正が指摘され、欧州諸国はルカシェンコ大統領の再選を承認していないが、ロシアはルカシェンコ氏再選を承認した。それだけではない。プーチン大統領の最大の政敵とも呼ばれる野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の暗殺未遂事件に関し、旧ソ連の軍用神経剤「ノビチョク」系の毒物が使用されたと断定したドイツ政府に対し、ロシアは「自作自演」だとしてまともに取り合おうとしなかった。

 ここに至り、ドイツは経済的にロシア寄りの政治姿勢を転換する兆しを見せている。ロシアからバルト海経由でドイツに天然ガスを送る「ノルド・ストリーム2」計画について、米国や欧州連合が強く反対する中でも、ドイツは一貫して計画を推進してきた。しかし、欧州議会がナワリヌイ氏に関しロシアを非難する決議を採択したことを受け、ドイツが手を引く可能性が出てきたのだ。

 ルーブル安を招いたもう一つの要因が、アゼルバイジャンとアルメニアが係争地ナゴルノカラバフ自治州をめぐり、大規模な戦闘を開始したことだ。

 ナゴルノカラバフ自治州はアゼルバイジャン領に囲まれた地域だが、歴史的にアルメニア人が住民の大多数を占め、アルメニアへの帰属をめぐり対立が続いてきた。

 ソ連時代末期にゴルバチョフ書記長(当時)が始めた情報公開(グラスノスチ)はくすぶっていた民族対立を激化させ、アルメニアとアゼルバイジャンによるナゴルノカラバフ紛争を引き起こした。同自治州は1991年、アルメニア人主体のアルツァフ共和国(ナゴルノカラバフ共和国)として独立を宣言。自治州の領土に加え、アゼルバイジャンの一部領土を占領し、アルメニアと直に接するようになった。

 今回の紛争は、アゼルバイジャンの攻撃が大規模であっただけでなく、アゼルバイジャンと民族的に近いトルコが同国を全面的に支持していることが重要な点だ。他国が紛争について沈黙するか、それとも「戦闘を中止し交渉による解決」を訴える中で、全面的に一方を支持するトルコの姿勢は際立っている。

 ロシアが双方との関係を保つために苦慮するのを尻目に、トルコはアゼルバイジャンの主要なパートナーとしての地位をロシアから奪う構えだ。トルコはオスマン帝国によるアルメニア人虐殺事件などの歴史的経緯からアルメニアと国交はなく、失うものはない。また、シリア問題などでロシアと対立する中で、今回の紛争をロシアとの交渉材料とするのでは、との見方もある。

 アルメニアはロシアの同盟国であり、旧ソ連6カ国でつくる集団安全保障条約の加盟国でもある。アルメニアを見捨てるわけにはいかない。しかし、アルメニアは今回の紛争を受け、アルツァフ共和国を自国に編入することを示唆しており、もしそれが実行されれば、ロシアが紛争に巻き込まれることになる。

 どちらにせよ、ロシアは厳しい選択を迫られており、1ユーロ100ルーブルの歴史的安値が現実化しつつある。