張成沢氏粛清で北朝鮮体制動揺論

 北朝鮮ナンバー2だった張成沢・朝鮮労働党行政部長に対する電撃的な粛清で、韓国では最高指導者・金正恩第1書記による恐怖政治が続くという観測が広がった一方、今後、体制が動揺する可能性があるとの見方も出始めている。政府は内部の混乱を回避するため武力挑発を仕掛けてくるとみて警戒を強めている。
(ソウル・上田勇実)

金第1書記が判断ミス?

韓国政府、武力挑発を警戒

500

金正日総書記の葬儀で、霊きゅう車に寄り添って歩く金正恩第1書記(右手前)と張成沢氏(左手前)=2011年12月(AFP=時事)

 張氏粛清について韓国では当初「これで金第1書記の『唯一領導体系(金第1書記1人による独裁体制)』が固まった」との見方が強まった。だが、その一方で長期的に見ると金第1書記の統治に不安要素が増したという側面があり、体制動揺につながる可能性を指摘する向きもある。

 理由は幾つかある。第一に、“体制安全装置”を自ら解除してしまった。金総書記死去を前後した後継作業が不十分な中で、経験も基盤もない金第1書記による統治が可能だったのは、国内外に息のかかる幅広い人脈を駆使して権勢を誇った義理の叔父、張氏とその妻で金総書記の妹である金敬姫(慶喜)・党軽工業部長という最も近い「後見人」のおかげだったとみられている。しかし、その張氏を処刑した。

 張氏の死刑判決文には張氏がクーデターを企図したことが理由に挙げられているが、金第1書記がまだ独自の権力基盤が固まっていない現段階で極端な方法を選んだのは「血気盛んなあまりの判断ミス」だったのではないか、という見方が出ている。

 第二に、「経済建設・核武力の並進路線」という国家目標を達成する上で、ますますバランスを欠くことが予想される。そもそも経済と核は両立し得ないものだが、それでも経済の改革・開放主義者とされる張氏がいたことで、中朝国境地帯などを中心に経済特区の建設などが進められてきた。張氏粛清でその推進力は落ち、その分、軍強硬派の影響力が増し、経済は後回しにされがちだ。経済分野の失政は民心離反をさらに促す。

 第三に、中国との関係がこじれ、金第1書記の訪中が遠のく可能性がある。張氏は昨年、中国を訪問し中朝国境にある黄金坪などの共同開発で合意し、胡錦濤国家主席(当時)とも会談した。中国通とされ中国指導部の信頼もあると思われる張氏の粛清は、北朝鮮が改革・開放路線へ転換することを望む中国にとって「不愉快な出来事」と映っている可能性がある。

 そして第四に、仮に金第1書記の健康が急速に悪化した場合、孤立無援の状態に置かれかねない。兄の正哲氏は権力に関心が薄いといわれ、腹違いの兄、正男氏はむしろ張氏に近かったともいわれる。それ以外の親族で金第1書記の味方は何人いるだろうか。

 金第1書記にとって張氏は、叔母の金敬姫部長の夫、義理の叔父という近い親族。信頼でき、頼りになる存在だったはずだ。張氏を粛清したことで、金第1書記は親族全員の猜疑(さいぎ)心、警戒心をあおる結果となった。

 張氏粛清が決して北朝鮮の体制をより強固にするものではない、と判断したかのように、韓国政府は北朝鮮の武力挑発を警戒している。韓国軍は、北朝鮮が内部の動揺を外部の敵を作ることで乗り切ろうとして韓国への局地的な武力挑発や4回目の核実験、長距離弾道ミサイル発射などに踏み切る可能性が十分あるとみて、万全の態勢で臨んでいる。