北朝鮮・金第1書記の兄、正哲氏 後継決定期、音楽に耽溺

 北朝鮮の最高指導者・金正恩第1書記が父・金正日総書記の後継者に決まった時期を前後した約2年間、兄の正哲氏が英国の有名ギタリスト、エリック・クラプトンの関連グッズを大量に注文していたことが17日、本紙が入手した北朝鮮の内部資料で明らかになった。弟が後継者に決まったのとは対照的に本人は権力に無関心で音楽に耽溺(たんでき)していたことを物語るものといえそうだ。(ソウル・上田勇実)

エリック・クラプトンのグッズ大量注文

権力に無関心?カムフラージュ説も

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金正哲氏が注文したエリック・クラプトン関連グッズの注文内容や入手状況などを平壌とウィーンの間でやりとりした北朝鮮の内部文書

 内部資料は2008年11月3日から2011年2月25日までの間、正哲氏が注文したとみられるエリック・クラプトン関連のエレキギターやCD、DVD、雑誌、コンサートツアーのチケット、Tシャツ、ライターなど計200点以上に対する英語と朝鮮語による注文確認書や督促状、決済明細書など。

 これまで正哲氏はドイツ(06年)、シンガポール(11年)、英国(15年)でエリック・クラプトンのコンサート会場に姿を現したことが日本と韓国のテレビ局によって報じられ、大のファンであることが知られていたが、内部資料でそれが裏付けられるのは初めて。

 注文に関する細かなやりとりは平壌とオーストリア・ウィーンとの間で行われていたとみられる。2010年5月31日付の「ギター注文の件」には2200㌦のエリック・クラプトン愛用のフェンダー社製ギター一式を「緊急に購入し送るよう願う」と記されている。

 また「DVD2件」というタイトルの文書には、「10年9月28日販売」のDVDについて「販売時期を指摘した。時期を逃さず購入すること」と指示している。この日は金第1書記が労働党代表者会議に出席し党中央委員に選出され、公の場に姿を現したことが国際社会で初めて確認された、いわば「金正恩デビュー」の日だ。

 同年11月22日付と26日付の文書では「11年6月6日のヘルシンキハートウォールアリーナでの公演チケット10枚を確実に予約し一番いい席を取るよう留意」するよう指示し、これに対し「計12枚を2366ユーロで購入し12月2日の定期便で送る」と返信している。 中には「需要者(=正哲氏)の督促を受けている」として早期購入を促すものや納期として平壌到着日時を明記したものもあり、09年2月22日の埼玉スーパーアリーナ公演を収録したDVDの注文も見られる。

 一連の注文の仲介場所となったウィーンの役割については、08年11月18日付の決済サービス「PayPal」の明細書などから詳細が明らかになった。

 それによると、エリック・クラプトンが1987年に行った英国ツアーのプログラム本の注文は、配達先がウィーンの北朝鮮大使館所属の商務官が自宅兼事務所に利用していた場所で、宛名は数年前まで商務官を務めていたとみられる「KANG SON PAK」(パク・カンソン)氏。郵送料込みの価格73・49㌦の請求先宛名は同住所の「Unae Choi」(チェ・ウネ)となっている。

 本紙の取材によると、上記のパク氏はチェ氏の夫で、パク氏の前任者は正哲氏の異母兄、正男氏がウィーンを訪問した際にビジネスの関係で会った人物。チェ氏はオーストリア国籍を所持し、海外への出入りが自由な立場だという。ウィーンの北高官が金第1書記の2人の兄に趣味やビジネスで便宜を図っていたことになる。

 金正日総書記の元専属料理人だった藤本健二(仮名)氏の著書によれば、金総書記は生前、正哲氏を「女の子みたいだ」と言ったといい、後継者に適さないと判断した根拠の一つにされてきた。

 ただ、金第1書記をめぐっては太り過ぎに伴う健康不安がつきまとい、極端な恐怖政治の反動で最側近による暗殺可能性も皆無ではなく、正哲氏を「ポスト金正恩」の一人と見る向きもある。

 韓国の北朝鮮消息筋は「世襲独裁の北朝鮮で一度決まった後継者に反旗を翻す余地はないという体制の特質を正哲氏は熟知している。趣味に没頭する姿でカモフラージュした可能性も排除できない」と指摘した。