韓国政府が「韓国史」国定化を発表

“教科書戦争” 保守に軍配?

 韓国政府が中学・高等学校教科書「韓国史」の発行制度を現行の検定から国定に変更する方針を明らかにする大ナタを振るった。保守派はこれで「親北朝鮮」の記述が是正されると期待を膨らませているが、左派は激しく反発し理念対立の様相を呈している。長年に及ぶ韓国の“教科書戦争”に終止符は打たれるのだろうか。(ソウル・上田勇実)

左翼史観是正が焦点

野党は阻止へ場外闘争

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12日、韓国世宗市の政府庁舎で中高歴史教科書「韓国史」の2017年国定化を発表する黄祐呂教育相=韓国紙セゲイルボ提供

 黄祐呂・副首相兼教育相は先週、2017年の新学期3月から中高の「韓国史」教科書を国が選定した執筆陣により編集されたものに変えると明らかにした。これまで再三、「左傾化」が物議を醸してきた歴史教科書にメスを入れ、子供たちに「正しい歴史観を確立」(黄氏)してもらうという趣旨だ。

 韓国の歴史学界は民族主義的で容共的な左翼史観に凝り固まった学者が多いと言われ続けてきた。こうした左派系学者が民間出版社の依頼を受けて執筆し、検定に合格した教科書が現場で採用される現行制度では、例えば北朝鮮の独裁体制を称賛するような記述が登場してきた。

 教科書の「左傾化」是正は、保守系の李明博前政権時にも試みられたが、政府による記述修正命令に対し、これを拒否して裁判沙汰になったり、そもそも多数派を占める左翼史観の学者らが執筆陣として居座り続けるなど、双方のいたちごっこが続いた。今回の国定化発表は政府が現行の検定制度では限界があると判断したためだ。

 一昨年には「左傾化」の現状を憂い、ソウル市内にある老舗の出版社が保守系執筆陣による新しい「韓国史」を出版するという「勇気ある行動」に出たが、今度は既存の左翼勢力から「右傾化」「親日」批判を浴び、さまざまな嫌がらせや脅迫まがいの圧力に悩まされ、結局は現場での採択率が1%にも満たなかった。

 何が「右傾化」で「親日」なのか。この教科書には日本による統治時代について「日帝強占期(日本帝国主義による強制占領期)の社会・経済的変化」という項目がある。ここでは日本による資本投下が結果的に産業化を進めたことや人口増加、都市の発達、身分社会の解体、衣食住の変化、交通・通信の発達、労働者と女性の意識向上など、日本からの文明流入による変化を事実関係を中心に比較的淡々と記しているが、どうやら「植民地近代化論を認めている」という理由で気に入らないようだ。

 かねて「教科書左傾化」に懸念を示してきた朴槿恵大統領としては、今回ようやく国定化にこぎつけたわけだが、発表直後から韓国国内は激しく賛否両論が沸騰している。

 会員数約20万人と言われる韓国最大の教職員団体である韓国教員団体総連合会(韓国教総)は、会員4600人を対象に今月実施した世論調査の結果、62・4%が国定化に賛成だったと明らかにし、執筆陣の選定や執筆内容が「偏らない」ことを条件に事実上、国定化支持を表明した。

 これに対し親北反米の偏向的な理念教育で知られる全国教職員共同組合(全教組)は声明で「歴史教科書を掌握し子供たちの考え方まで統制することで、親日残滓(ざんし)勢力と腐敗した財閥の連続的支配のための足場を固めようという欲望」だと非難。所属教師に国定教科書使用拒否を促すなど対抗措置を検討している。

 与野党も賛否真っ二つだ。与党セヌリ党は「北朝鮮が最も望むのは親北と反国家的理念で韓国のアイデンティティーを揺るがし、国民を分裂させること。左傾化教科書は親北思想を広げる宿主」(党政策委員長)として現行教科書を批判し、国定化を支持した。

 これに対し最大野党・新政治民主連合(民主党)は、国定化阻止へ市民団体などと連携し、これまでにも反政府運動に“威力”を発揮してきたロウソク集会やデモ、署名運動などの場外闘争を始める一方、行政府による告示中止を求める仮処分申し立てなど法的手段に訴える構えだ。

 政府・与党は国定化されることになる教科書のネーミングを「国民統合のための正しい歴史教科書」に決めたが、民主党は早速これにも噛(か)みついた。

 文在寅代表(党首)は「国定教科書推進は親日を近代化と美化する親日教科書、独裁を韓国的民主主義と称賛する維新(朴大統領の父、朴正煕元大統領の独裁的体制)教科書、朴政権の意向に沿う教科書を作るという時代錯誤的発想」と切り捨てた。

 ある幹部議員に至っては「親日的」になる「恐れ」がある「アベ教科書」であり、「日本の軍国主義時代に発行された国定教科書を出しておいて、安倍政権に向かって謝罪しろなんてどうして言えるのか」と皮肉る。

 17年国定化は朴大統領が任期を意識したもの。同年末には大統領選があり、逆算して今発表しなければ任期内の実現が難しい。前述の「右傾化」教科書執筆や全教組に対する法的認定取り消し(法外労組通告)など朴大統領は前々政権の盧武鉉政権で一挙に左傾化が進んだ歴史教育の立て 直しに取り組んできており、今回はその総仕上げの意味もある。

 ただ、各自治体の教育行政トップにある教育監たちは左派系が圧倒的に多く、現場は「厚い壁」に阻まれている。来年4月には総選挙があり、「国定」を「独裁」「親日」のイメージに結び付けようとする野党の宣伝攻勢は与党にとって逆風。さらに再来年大統領選で左派系候補が当選すれば、再び教科書が「左傾化」に戻される可能性すらある。

 韓国の“教科書戦争”はなかなか終わりそうにない。