“セウォル号遺族”が政治勢力化?

韓国 野党引きずられ国会空転

 今年4月、韓国南西部沖で起きた旅客船「セウォル号」沈没事故の真相究明を求める被害者遺族が、与野党や大統領を相手取り、自分たちの主張を貫徹しようと闘争的態度を強め、波紋を広げている。この影響で国会は空転、遺族に節制を促す声も出始めている。(ソウル・上田勇実)

真相究明へ捜査・起訴権要求

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今月13日、ソウル市内で記者会見を開いた「セウォル号惨事家族対策委員会」=韓国紙セゲイルボ提供

 「この事件は命より利益を優先させる妥協的な世の中、無能で国民より権力の利益を優先させる政府の問題だ。関心を持ち、政府を圧迫してほしい」

 事故で高校生の娘を失ったキム・ヨンオさんが今月13日、ソウル中心部の光化門広場で行った記者会見での言葉だ。キムさんは真相究明には政府から独立した組織が捜査権と起訴権を持てる特別法の制定が必要と訴え、先月半ばから断食をスタートさせていた。

 訪韓したフランシスコ・ローマ法王がソウルで列福式を行った際には、車から直々に降りた法王から手を握られ、慰労される場面が中継モニターに映し出された。キムさんは世界中が注目するローマ法王を味方に付けたという印象すら与えた。

 これまで事故の真相究明・責任者処罰に関しては、大検察庁(最高検)が先月、捜査結果を発表した。沈没原因や救助義務違反、船舶管理・監督上の責任不履行、船舶運航会社オーナー一族の不正などが改めて明らかにされ、すでに直接的な責任を負う船長や船員、オーナー一族らが逮捕され、遺族への賠償に充てる資産差し押さえも行われた。

 しかし、キムさんをはじめ修学旅行中の高校生たちを亡くした父兄でつくる「セウォル号惨事家族対策委員会」は、これに納得していない様子だ。真相究明はあくまで遺族の意向が第一に反映された形で進められなければならないと主張し、青瓦台(大統領府)前などでデモを続けている。背景の一つにあるのは「当局不信」だ。

 真相究明に向けた特別法の制定は、これまで与党セヌリ党と第1野党・新政治民主連合との間で紆余(うよ)曲折を経て2度の合意がなされたが、そのたびに遺族の反対に遭い、野党側がそれを事実上反故(ほご)にしてきた。遺族側としては、真相究明に当たる特別委員会の構成を遺族中心にし、委員会には捜査権と起訴権まで与えられるべきだという自分たちの主張が反映されていないことが不満だった。

 さらに遺族を交えた「三者協議」が野党から提案された。立法府で与野党以外に遺族という「第三のカウンターパート」を認めようという話だ。これにはさすがに「代議制民主主義に反する」(李完九セヌリ党院内代表)という批判が出ている。

 遺族の悲しみに共感しない国民はいないが、一方で、遺族の主張や行動が節度を超えた一種の政治闘争のように見えたり、すでに反保守系政治勢力が遺族を利用しつつあると警戒する向きもある。前述のキムさんの断食現場で同じように断食を始めた新政治民主連合の元大統領候補、文在寅議員もその一人だ。

 野党は、遺族の強硬姿勢に引きずられるように場外闘争に訴え、朴槿恵大統領に善処を求め始めた。経済関連法案などの処理が山積する国会は空転している。この事態に韓国メディアは「真相究明が政争や陣営争いの対象になったり、恨みを晴らすためだとしたら、国民の理解と期待は失望と無関心に変わるだろう。(中略)遺族たちの忍耐と節制も必要だ」(朝鮮日報)と警鐘を鳴らしている。