疑惑呼ぶ沈没船オーナーの死

遺体発見から40日、捜査に批判

 今年4月に韓国南西部沖で起きた旅客船「セウォル号」の沈没事故で、運航会社の事実上のオーナーで事故の責任を問われ全国に指名手配されていた兪炳彦(ユビョンオン)氏の遺体が22日確認されたが、遺体発見が40日も前だったなど不審な点も多く、新たな疑惑を呼び起こしている。(ソウル・上田勇実)

他殺?自殺?被害者遺族は無念

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21日、韓国国会で開かれた沈没事故関連の国政調査に対する講評会で犠牲者を思い黙祷(もくとう)する遺族たち=韓国紙セゲイルボ提供

 韓国警察当局によると、兪氏の遺体は先月12日、南部の順天市(全羅南道)の畑で地元住人により発見された。ここは兪氏の居場所が最後に確認されたとされる地点からも、身を隠していたとみられる別荘からもわずか2㌔余りしか離れていなかったが、発見当時は身元不明の行き倒れ者として扱われたようだ。

 兪氏は事故直後、自らが率いる新興宗教「救援派」の本部にいたとされるが、捜査の手が伸び始めると、どこかに身を隠してしまった。その後、5億ウォン(約5000万円)という破格の懸賞金がかけられ、警察による大捜索劇が展開されたが、兪氏は一向に捕まらず、朴槿恵大統領からお叱りの言葉が飛び出すありさまだった。海外逃避説もささやかれ、事故への関心が次第に薄れ始めていた中、突然、40日も前に発見された遺体が実は兪氏のものだったというニュースに、韓国中が驚きに包まれている。

 警察はすでに遺体の損傷が進んでいたため、DNA(遺伝子)や指紋による鑑定が遅れたと説明しているが、それにしてもなぜ本人確認に40日もの時間が必要だったのか疑問を投げ掛ける声が相次いでいる。何と言っても遺体発見場所は、兪氏捜索のため多数の警察官が動員された地域で、「兪氏と疑わないことが不自然」(韓国メディア)な状況だった。本気で疑っていたら40日という時間はかからなかったはず、というわけだ。

 このため特に初動捜査に対する批判は避けられない状況だ。しかも前日には検察が兪氏に対する令状を6カ月間延長させる手続きを取ったばかりだった。一方で兪氏検挙にはなお相当の時間を要すると判断した矢先、もう一方では遺体を確認するという捜査当局内のちぐはぐな動きが表面化する形ともなった。

 死因をめぐっても疑惑が広がっている。警察は兪氏が何者かによって殺された痕跡は見つからなかったと発表したが、遺体の損傷がひどく痕跡確認が困難なこと、兪氏が残した自信をのぞかせるメモの内容、兪氏逃走を手助けした可能性がある側近の存在などから、他殺説を唱える人もいる。

 一方、遺体発見の現場には酒の空き瓶があったといい、自暴自棄になって自ら命を絶ったとも考えられる状況だ。大きな犯罪の疑いが持たれて世間を騒がせた末、自殺した韓国の著名人としては、2009年に巨額の収賄容疑で起訴された後、故郷の岩山から身投げした盧武鉉元大統領が思い起こされる。

 いずれにしろ兪氏の死で、多くの犠牲者を出した沈没事故の最も大きな責任を追及されるべきとみられていた人物がいなくなり、後味の悪さを残している。被害者、特に人生これからという高校生たちの遺族にとっては無念の一言に尽きる結末となってしまった。