韓国捨てロシア帰化、ソチ冬季五輪の金メダリスト話題に

男子ショートトラックのビクトル・アン選手

社会の不条理に不満、世論も代理満足?

 ソチ冬季五輪の男子ショートトラック1000㍍で金メダルを取った韓国出身でロシアに帰化したビクトル・アン選手(28)が韓国で話題になっている。祖国の不条理な社会に見切りを付けたアン選手の活躍は、同じような不満を抱く多くの韓国人たちの共感を呼んでいるようだ。(ソウル・上田勇実)

800

ソチ五輪の男子ショートトラック1000㍍で金メダルに輝き、リンクにキスするビクトル・アン選手の写真を掲載した韓国紙

 アン選手の元の名前は安賢洙(アン・ヒョンス)。高校1年の時に男子ショートトラックの韓国代表に抜擢(ばってき)され、それ以降エースとして活躍し、世界選手権5連覇やトリノ冬季五輪(06年)での金メダル3個獲得など輝かしい成績を残した。

 ところが安選手を勝たせるために他国選手を妨害する役目に徹するなど安選手優勝の「踏み台」にさせられていた他選手の不満が爆発し、今度は逆に自国選手から妨害される羽目になったり、韓国スケート連盟内の激しい派閥争いに巻き込まれ、スケートに専念できない状況となり、安選手の苦悩が始まった。

 安選手は大学卒業後、城南市役所(京畿道)が運営するチームに入団したが、大学院進学を拒否したことで大学時代の教授から不利益を被ったとされ、また市が突然、財政難を理由にスポーツ部門のリストラに着手してチームが解散。所属チームを失って臨んだ代表選抜戦では結果を出せず、代表落ちした。

 そこへ救いの手を差し伸べたのがロシアだった。ロシアスケート連盟は安選手に年俸1億ウォン(約1000万円)と引退後のコーチ職保証など破格の条件を提示し、安選手はビクトル・アンという名のロシア人に帰化。ロシア代表として今回の五輪に出場し、これまでに金メダルと銅メダルをそれぞれ1個ずつ獲得している。

 ロシアでは、自国勢のショートトラック金は初めてで、開催国ということもあり、アン選手の活躍に沸き返っている。地元メディアはアン選手をこぞって英雄扱いし、プーチン大統領は自身のフェイスブックカバーの画像をアン選手が金メダルを取ってロシアの国旗を掲げてリンクを滑る場面に替えた。

 アン選手のメダル獲得のニュースは韓国でも大きな関心を集めているが、興味深いのはアン選手を「祖国を見捨てた裏切り者」と非難する声は少なく、むしろアン選手の置かれた立場に同情し、今回の金メダルを祝福し、激励する雰囲気が広がっていることだ。

 こうしたアン選手支持の世論について韓国紙・朝鮮日報は「派閥争いや不公正故に夢を追い続けることが難しい社会だと多くの人が感じている証拠。国民はアン選手を通して不満を噴出させ、代理満足している」とする専門家のコメントを紹介している。

 外国人に帰化した韓国出身のスポーツ選手では、柔道家として日本に帰化し、後にプロ格闘家、タレントに転向した秋山成勲氏(韓国名・秋成勲)がすぐに思い起こされる。在日韓国人4世として大阪に生まれた秋山氏は大学卒業後、韓国へ渡り韓国代表として五輪出場を目指したが、僑胞に対する差別に阻まれ、結局、再び日本に帰国して帰化、日本名に改名した。

 愛国心や民族意識が強い韓国人として生まれながら国籍を放棄してまで一流選手を目指そうとする背景に共通してあるのは、実力より人脈がモノを言う韓国社会にはびこる精神文化への反発だ。朴槿恵大統領はアン選手の帰化問題について「体育界の不条理や構造的乱脈性が原因ではないか振り返ってみなければならない」と述べた。