「年間1㍉シーベルト」が騒動の元

世日クラブ

大阪大学名誉教授 中村仁信氏

低線量放射線は怖くない

 大阪大学名誉教授で彩都友紘会病院院長の中村仁信氏は、このほど、世界日報の読者でつくる「世日クラブ」(会長=近藤讓良・近藤プランニングス代表取締役)で「低線量放射線は怖くない~フクシマのこれから」と題し講演を行った。その中で、放射線が人体へ与える影響を様々なデータを用いて示し、低線量被曝(ひばく)の安全性を強調した。以下はその要旨。

不要だった福島の避難/適度の放射線で免疫機能向上

細胞にDNA損傷修復機能/海外のデータが安全性示す

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 放射線は少し浴びただけでも怖いように言われているが、そうではない。世界の放射線量の基準を決めている国際放射線防護委員会(ICRP)の委員を以前務めたことがある。

 そこでは、一般公衆の線量限度として年間1㍉シーベルトまでという基準を作っていて、日本政府もそれを受け入れて法律にしている。この年間1㍉シーベルトというのは、非常に少ない線量だ。それが基準になってしまった理由には、「マラーの法則」がある。

 これは何かというと、ショウジョウバエの精子に放射線を当てると突然変異が増えるが、その増え方は放射線をゆっくり当てるかいっぺんに当てるかに関係なく、総線量に比例する、というものだ。

 ICRPは、1958年にこの考え方に基づいて基準を作ってしまった。放射線を少しずつ浴びても、それが積み重なっていけば危険である、ということだ。しかし、それがおかしいということは、すぐに分かった。ショウジョウバエの雄の精子は、他の細胞と違ってDNAが傷ついた時に修復する機能を持たない。修復しないということは、ちょっとの傷でも残ってしまうということだ。

 その後、米国のラッセル博士が、数百万匹のネズミを使って、精子の前の段階の精原細胞に放射線を当てる実験をした。すると、総線量が等しい場合、少しずつ当てたほうが、突然変異は少なくなるということが分かった。精子以外の細胞では、DNAに傷がついたら修復されることが分かっている。

 しかし、ICRPは、一度決めてしまったからということで、いまだにきちんと修正してない。これが、福島周辺で起きたいろいろな騒動の一番の元だと思う。

 人間の体に放射線が当たるとどうなるかというと、まず活性酸素ができ、その作用で遺伝子に傷がつく。この活性酸素は、がん、動脈硬化、老化の原因と言われている。ただ、何も放射線だけで活性酸素が出るわけではない。呼吸や運動でも出るし、アルコール、酒、たばこ、紫外線、ストレスなどでも活性酸素が発生する。これらの要因が重なれば、それだけがんのリスクも高まることになる。

 しかし、活性酸素が増えても、すぐに消去される。例えば、ビタミンCやEは、活性酸素を消す力が強い。しかし、それでも残っているものもあり、それがDNAに傷をつける。DNA損傷の数は、普通に何もしなくても1日数万、多い人で数十万ぐらいになるが、人間の細胞にはそれを修復する機能がある。

 それでも修復しなかった細胞の中から突然変異が起こり、それが積み重なってがんになる。そうなっても、人間の体は、その細胞を自爆させて取り除いてくれるようになっている。取り除き切れなくて、毎日何千個もがんができると言われるが、人間の体に2兆個ぐらいある免疫細胞ががん細胞を殺してくれる。だから、がんにならない。

 しかし、免疫力が、ストレスや高齢化などの要因で落ちるとがんになる。突然変異は年齢とともにそんなに増えるわけではないが、40~70代になると、がんは増える。その理由の一つは免疫だ。40、50歳ぐらいになると免疫力は子供の頃の半分ぐらい、70、80歳ぐらいでは、10分の1くらいになる。そうすると、がんになってもおかしくないということになる。

 2000年代になってから、免疫の全くないネズミが作られるようになった。そのネズミは、2年以内に100%がんになった。私は、免疫力の低下が、一番がんの原因として大きいと思っている。

 放射線の人体への影響に関しては、イギリスとフランスの八つの施設で行われた大規模な研究があり、その中で小児がんで放射線治療した5000人が調査された。30年ぐらいの期間その後どうなったかを見たところ、二次がんが出る人が5000人中369人いた。1000㍉シーベルトぐらいを超えると増えるが、それまでは増えていない。

 100、200㍉シーベルトでは、むしろ減っている。これは、ある線量以下ではがんは増えないという閾値(しきいち)があることを示している。

 この他、昔は放射線を簡単に当てていたので、それによって皮膚がんができるが、それでも、1000㍉シーベルト相当量以下では増えていないというデータがある。

 また、昔は、放射性物質を含む造影剤があり、これによって肝臓がんができたが、これにも閾値がある。このように、局所の被曝によるがんにはしっかり閾値があるということがはっきりしている。

 ただ、局所と全身の被曝は全然違う。局所の被曝は、全身より10倍ぐらい安全だ。

 では、全身の被爆の場合はどうかというと、これは広島、長崎の原爆のデータに頼らざるを得ないところがある。白血病は、200㍉シーベルトを超えると増えているが、それ以下では増えていない。むしろ、60~90㍉シーベルトぐらいだと減っている。

 放射線はどこまで安全かということだが、私の個人的な考えでは、生涯で1000㍉シーベルトを超えなければ大丈夫と思う。一般の方で放射線に弱い人のことも考えると500㍉シーベルトにしておけば大丈夫だと思う。そうすると福島のような避難は全く必要なかったことになる。

 小児は放射線に弱いという考え方もあるが、これは「ベルコニー・トリボンドーの法則」から来ている。これは放射線医療の基礎になっている法則で、細胞分裂の頻度が多いほど放射線に弱いという考えだ。これを少し拡大解釈して、「子供は放射線に弱い」と言っているだけだ。実際は免疫力は10代ぐらいが最高なので、そこから考えても子供ががんになりやすいということはない。突然変異を消す能力も高いので、むしろ強いとも言える。

 健康増進作用の「放射性ホルミシス効果」についてだが、これは1980年にラッキー教授が提唱した。ゾウリムシを鉛で囲って飼育し、放射線を遮断するとかえって増殖率が低下する。しかし、そこに放射性物質を入れると戻る。このことから、下等動物では、微量放射線により増殖促進が見られるということが分かった。

 人間については、イギリスの放射線科医は、5㍉シーベルトぐらい浴びると、他の医者よりもがん死亡率は低いということがはっきりしている。また、米国の原潜修理工のがん死亡率は普通の造船工よりも低いというちゃんとした論文がある。欧州7カ国の1万9000人のパイロットを対象にした調査では、パイロットは年間2~5㍉シーベルト浴びるが、その中でも最も被曝している人たちが最もがんが少ないということが分かった。

 ラドン温泉は、岡山大学がたくさんデータを出している。ラドン濃度が高いところでは、がん抑制遺伝子や活性酸素を処理する酵素、免疫機能が高まるという結果が出ている。

 結局、低線量の放射線によって、がんにも強くなるということが起こりうるということだ。ただ、福島について言えば、今では放射線量がもうかなり下がっているので、体に良いというレベルすら下回っていると思う。

 なかむら ひろのぶ 1971年大阪大学医学部卒業。95年同大学教授(医学部放射線医学教室)。国際放射線防護委員会(ICRP)委員、同大学ラジオアイソトープ総合センター長などを歴任。2009年より大阪大学名誉教授、医療法人友紘会彩都友紘会病院長。このほか、日本コンピューター支援放射線医学・外科学協会理事長、NPO法人大阪先端画像医学研究機構理事長、NPO法人放射線問題をのりこえ世界一の福島を創る会理事長などを務める。『低量放射線は怖くない』、『原発安全宣言』(共著)など著書多数。