セウォル号引揚げ「文氏への捧げ物」

大統領選前に担当省庁と裏取引
直後の謝罪、優勢文氏におもねる?

 2014年4月に韓国南西部沖で沈没した後、約3年ぶりに海底から引き揚げられた大型客船「セウォル号」をめぐり次期大統領選で優勢が伝えられる最大野党「共に民主党」の文在寅候補陣営が引き揚げ担当の海洋水産省と取引していたとする民放SBSの報道が物議を醸している。直後にSBSと海洋水産省が慌てて訂正・謝罪に追われたのは優勢の文氏におもねたものとする見方も出ている。(ソウル・上田勇実)

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今月2日、セウォル号引き揚げをめぐる文在寅候補陣営と海洋水産省の裏取引説を報じるSBSニュース(SBS番組のキャプチャー画面)

 今月2日、主要5政党の大統領候補による最後のテレビ討論会に文氏はただ一人上着の胸に黄色いリボンを付けて臨んだ。リボンはセウォル号沈没事故を追悼するものだが、朴槿恵前大統領が事故の原因を隠し、責任を逃れようとしたという野党陣営の無理な政治的主張が多分に込められてもいる。

 文氏のリボンは弾劾・罷免・逮捕された朴前大統領への批判が世論に支持されることを計算した上でのものだ。文氏にとって国民が事故の記憶を長くとどめてくれるほど大統領選で有利になる。

 その日、まさに討論会が始まった夜8時、3大キー局の一つSBSがニュース番組で文氏陣営が3年近くも行われなかったセウォル号引き揚げを大統領選を前にした今年3月に実施するよう海洋水産省に働き掛けたのではないかと報じ、大きな波紋が広がった。

 SBSは海洋水産省職員が「セウォル号引き揚げは文在寅候補に捧げたもの」「政権を取る前に捧げて、文候補が公式、非公式に約束してくれたものとして海洋水産省の第2次官ポスト新設、海洋警察庁の同省傘下入りなどがある」と述べた音声を加工して流した。

 これを受け共に民主党は「海洋水産省の一部公務員による工作的選挙介入だ」などと猛反発し、議員らがSBSを抗議訪問。SBSと海洋水産省に対し法的措置を講じると明らかにした。

 これに対し文候補を追いかける他候補陣営は文氏攻撃の格好の材料とみなして一斉に非難し始めた。安哲秀候補が所属する「国民の党」は「セウォル号の悲しみを徹底して選挙に利用する文候補は即刻、候補を辞退せよ」(同党報道官)と迫り、与党「自由韓国党」の洪準杓候補は「文候補が『(犠牲になった)学生のみんな、ありがとう』と言った意味を国民はようやく理解した」と皮肉った。

 ところが今度は“特ダネ報道”をしたはずのSBSが、翌日3日夜のニュースで冒頭に5分以上の時間を割き、「犠牲者家族、文候補、視聴者の皆様に心からお詫びし反省する」と謝罪。4日には社長自らが従業員向け談話文で「未確認の刺激的見出しをつけて内容不足の報道が電波に乗ってしまった」と異例の自己批判をした。

 さらに当事者である海洋水産省も「事実無根」との見解を示したのに続き、金栄錫同省長官自ら記者会見を開いて火消しに乗り出した。金長官は文候補と同省の裏取引説について「(ソースは)ネット情報だと聞いている」と語った。

 真相はまだ明らかになっていないが、一連のドタバタ劇は韓国大統領選でたびたび繰り返される選挙直前の捏造特大スキャンダルと変わらないとする見方がある。しかし一方で最大手紙・朝鮮日報はある高位公務員の話としてSBSと海洋水産省の低姿勢は「世論調査で文候補がトップを維持し、当選可能性が高いのでおもねたのではないか」と伝えている。

 セウォル号引き揚げは事件から1年後に中国企業・上海サルベージとの間で契約が交わされたが、その後、2年間実施されなかったことをめぐり朴前政権の政治的思惑が影響を与えてきたとする疑惑が野党陣営から持ち上がっていた。