未知の世界に挑むアルピニスト 新たな挑戦を映像で表現
《 記 者 の 視 点 》
アルピニズムの世界で何が起きているのか。山岳雑誌がそれを伝えているが、大きなインパクトで迫ってくるのはやはり映画だ。
昨年9月に日本で公開された米国映画「フリーソロ」は、カリフォルニア州ヨセミテ国立公園内にある絶壁エル・キャピタンが舞台。
ここはクライミングの聖地として知られ、975メートルの壁は難所の連続。過去に単独でロープなしに登った人はいない。この映画はそれをやり遂げて世界中を驚かせたアレクッス・オノルド氏の記録。
ソロを決意してから準備期間が長く、岩場を前に引き返すこと6、7度。パートナーとロープを使って登った時には23時間かかったが、ソロでは3時間56分という速さだ。詳細なメモを取り、攻略法を練って鍛錬を重ねた。
動きはスムーズでスピード感があり、ためらったり戸惑ったりすることがない。プレッシャーはあっても恐怖感はなく、それを如実に感じていたのはジミー・チン監督と撮影スタッフらだ。転落すればその痛手と責任は監督らも免れないからだ。この映画は人間の精神力の持つ偉大さを伝えている。
1950年代から60年代にかけて、ヒマラヤの高峰が次々登られ、70年代にはバリエーション・ルートの時代だとも言われた。しかしその後にやってきたのは、登山の多様化だった。
70年代は道具を使った人工登攀(とうはん)が盛んだったが、その後、フリークライミングが盛んとなって、90年代には競技化された。冬山ではテレマークスキーやスノーボードが現れ、山を走るトレイルランまで登場した。
世界の最先端で行われている冒険の数々を音楽に乗せて紹介したのは、昨年7月公開されたジェファニー・ピードン監督の映画「クレイジー・フォー・マウンテン」。ロケ地はカナダ、フランス、スイス、ネパール、パキスタンなど22カ国に及び、クライマーが憧れる山々が登場した。めまいがするような岩壁に挑むクライマー、雪崩と競争するスキーヤー、ウィングスーツを着て山頂から飛翔(ひしょう)する人など、前代未聞の挑戦を描いていた。
昨年1月公開された「メルー」は、インド北部の標高6500メートルの山が舞台。中央峰の岩壁「シャークスフィン」の直登ルートは、過去30年間に何人も挑戦したが成功した人がいなかった。この登攀に初めて成功したのがコンラッド・アンカー、ジミー・チン、レオン・オズターク3氏のチームで、ジミー氏は監督、プロデュース、撮影まで担当。高い芸術性があり、山岳映画の最高傑作だった。
クライマーは挑む山に応じて訓練を積む。2012年ヒマラヤ8000メートル峰全14座を登頂した竹内洋岳氏はスリムだ。著書『頂きへ、そしてその先へ』によると、日本にいる間はトレーニングせず、睡眠時間も食事時間もいいかげん。あまり食べない。高所の「低酸素の中では余分な筋肉は無駄な重りのようなもの」と考える。
14座登頂後、東京ドームの巨人戦で始球式に臨んだが、球の投げ方を知らなかった。投手に教えてもらって投げたが、翌日激しい筋肉痛に襲われた。物を投げる機能は省かれてしまったという。高所に合わせた結果だ。
文化部 増子 耕一