焦る金正恩氏、韓国を利用
解説
韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は今回の首脳会談で、ひと月前に開催された初会談で合意した「板門店宣言」の履行を再確認したが、前回とは明らかに異なる雰囲気だった。会談は金正恩氏の要請で急遽(きゅうきょ)開かれ、報道機関には事前通知せず、時間もわずか2時間で結果発表は翌日に遅らせた。まるで極秘会談だ。
これは来月12日に予定されていた史上初の米朝首脳会談がトランプ大統領の突然の中止表明で開催自体が危ぶまれ、それまで北朝鮮ペースで進んでいた会談に向けた段取りに支障が生じるという不測の事態が発生したためだろう。
焦った金正恩氏は文大統領に米朝首脳会談が予定通り行われるよう再び仲介役を果たし、非核化への見返りをトランプ氏に要求するよう頼み込んだ可能性がある。「窮地に追い込まれるたびに北朝鮮が駆使してきた『ウリ(われわれ)民族同士』戦略」(南成旭高麗大学教授)の一環とみられ、事実上、韓国を利用したものだ。
文政権も自らが思い描く朝鮮半島の平和体制構築へのプロセスを頓挫させるわけにはいかず、米朝会談を促すための再会談は大歓迎だったのではないか。
もちろん会談開催を迷い始めたトランプ氏が再び演出された南北融和にどこまで影響されるかは分からない。北朝鮮が応じられる「非核化」と米国が求める「非核化」の溝はそう簡単に埋まるとは思えない。
仮に米朝会談が開催された場合、非核化をめぐり何らかの合意がなされる可能性が高いが、問題はその履行だ。核廃棄の査察には少なくとも1年以上の時間を要するとみられ、北朝鮮が米国をはじめ西側諸国の査察団の自由往来をどこまで認めるか疑問だ。
また「隠し持つ物も含め北朝鮮が実際に保有する核の数は米国が把握している数の倍近い」(日朝関係筋)ともいわれ、完全非核化への道のりは険しい。
(編集委員・上田勇実)