美しい人生の時


マイアミの風

 サムエル牧師とは5年程前にマイアミで初めてお会いした。もう当時70歳を超えておられた。ジョージア州の出身で長くワシントンで牧師をしておられたそうだが、引退して夫人と共にフロリダに移ってきているとのこと。とても柔和な黒人牧師でしばらくして夫人にもお会いする機会があった。夫人はプエルトリコ出身のスペイン系の白人であった。

 ずいぶんたってある時、ご自分の半生をお話してくださって、夫人とのなれそめなども聞くことができた。牧師の父上はとても信仰が篤く日曜学校の先生もしておられたそうだ。

 成長するにつれ、当時の米国は「ジムクロウ法」という有色人種に対する隔離政策があり、職を求めてもなかなか得ることができなかった。そこで兵役につこうとしたが、これも蹴られてしまう。そこでニューヨークに向かいやっと女性用のガードルをつくる工場の職を得ることができた。そこに働いていたのが若き日の夫人で二人はやがて愛し合うようになる。

 しかし、サムエルさんはジョージア州では黒人と白人の結婚が許されていないことを知っていたので懊悩(おうのう)するようになる。そして出した結論は結婚をあきらめ別れることだった。夫人の家族からも猛反対があった。しかし非常に信仰深い家庭に育っていた氏は、別れてもずっと祈りを捧げ続けていた。その祈りとは、神よあなたが私にふさわしい女性を準備していてくださることを私は信じます、というものだった。

 涙と苦痛の中で、氏はやがて確信する。やはりこの女性しかいない、と。若い夫婦の誕生である。一組のカップルの背景には米国の歴史が詰まっている。

 昨年のクリスマスには例年、氏が主催している貧しい子供たちにおもちゃをプレゼントする会に誘われた。氏の友人たちが集めたおもちゃが会場いっぱいに飾られ、ハイチ系の子供たちがほとんどだが、おもちゃに目がクギづけになっている。母親たちも子供たちに望みのおもちゃが当たるよう必死に見守っている。終わった後の氏はさすがにお疲れの様子だったが、またがんばりますよ、と笑った。77歳。