揺れ出した「不可逆的な解決」
心配していたが、やはり無理があったのかもしれない。日韓両政府の「慰安婦問題」の合意の中でも最も重要な個所、「最終的、不可逆的な解決」の解釈で日韓両政府の捉え方が一致していないことが明らかになってきたのだ。
韓国紙・中央日報(日本語電子版)は30日、『不可逆的』めぐり韓日間で解釈の違い」というタイトルで記事を掲載した。それによると、日韓外相交渉で「最終的、不可逆的な解決」を最初に要求したのは、日本メディアが主張するように日本側ではなく、韓国側だったという。
「日本の政治家は旧日本軍の慰安婦強制動員を初めて認めた河野談話(1993年)を否定する発言を繰り返す。このことを念頭に置き、『もうこれ以上は言葉を変えるな』という趣旨で強調した」というのだ。
日本メディアによると、安倍晋三首相が「後の世代に重荷を与えない」という信念から、慰安婦問題の「最終的、不可逆的な解決」を強く要求し、「それで合意できなければ交渉を切り上げろ」と岸田文雄外相に指令を出していたというのだ。
どちらが「最終的、不可逆的な解決」を言い出したか、子供の喧嘩争いの様相を帯びてきたが、余り大騒ぎすることはないだろう。重要な点は、慰安婦問題の「最終的、不可逆的な解決」の履行だからだ。
しかし、その履行という段階でも暗闇が立ち込めてきたのだ。駐ソウル日本大使館前の「少女像」の撤去問題で韓国外交部当局者は「これは明確には合意事項とみることはできず、日本側の憂慮の提起について韓国側が承知したことであり、交渉の対象ややりとりをしたものではない」(中央日報)と説明している。国内世論の反発を恐れた発言であることは明らかだ。韓国メディアによると、国民の66・3%が「少女像」撤去に反対という世論調査結果が報道されたばかりだ。
また、慰安婦記録物のユネスコ世界記録遺産への登録問題でも日韓の解釈に相違が浮上してきた。韓国側は女性家族部傘下の財団法人「韓国女性人権振興院」が中国など被害当事国と連帯し、慰安婦記録を共同で世界記録遺産に登録するよう推し進めてきた。
日本側の立場は明確だ。「慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認し、今後、国連等国際社会において相互に非難することを控える」という合意内容の当然の帰結として、韓国側はユネスコ世界記録遺産登録を断念すると受け取っている。
一方、韓国外交部は、「登録を中止するといった情報は事実無根だ。そのような合意をしたことはない。日本側がこの問題に言及したのは事実だが、民間主導で推進している事案をめぐって韓国政府が日本と合意するということ自体、ナンセンスだ」(朝鮮日報日本語電子版)という。韓国の論理でいくと、日本大使館前の「少女像」も民間主導のものだから、「撤去できない」という結論が出てくる。
韓国政府は29日、林聖男第1次官と趙兌烈外交部2次次官を慰安婦が収容されている「憩いの場」と「ナヌムの家」に派遣し、日韓合意内容を伝えるとともに、説得工作を展開させたが、慰安婦の中には反発する声が強かったという。
それに対し、同国の中央日報は、「次官で説得できなければ尹炳世長官が、長官でもだめなら朴槿恵大統領が行って被害者の理解を求めるべきではないか」と政府側の説得工作に檄を飛ばしている。
しかし、国内世論の反発が強まってくると、中央日報は31日、「慰安婦合意の成否、説得と真正性にかかっている」という見出しの社説を載せ、「安倍首相の謝罪表明の真正性が疑わしい」と述べ、「ドイツでは大統領も首相も謝罪を繰り返している」といつもの論理を持ち出してきたのだ。
中央日報の社説は、日韓両政府の合意が「最終的、不可逆的な解決」を目指したものである、という点を完全に忘却している。そして、問題が生じた場合、全ては日本側の責任だという従来の立場を繰り返している。これでは1965年の日韓賠償権協定の繰り返しだ。
日本の多くの識者は韓国との交渉に懐疑的だ。その心情は十分理解できる。しかし、隣人を選ぶことは出来ない。日本は韓国との合意内容を一つ一つ履行し、「約束を守る国」の品格を国際社会に示していくことに専念すべきだ。
いずれにしても、反日教育を徹底的に進めてきた韓国が今回の合意内容の履行段階で困難に直面することは十分予想されたことだ。自分で撒いた種は自分で刈り取らなければならない。日本は冷静に韓国側の合意内容の履行状況を見守っていこう。
(ウィーン在住)