新年のキーワードは「非中央集権化」
新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお付き合いください。
さて、今年最初のコラムのテーマは「非中央集権化のトレンド」だ。欧州連合(EU)加盟国の“ブリュッセル離れ”、世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会のバチカン法王庁主導体制からの“乳離れ”などが見られ出したのだ。
政治組織や機構が統合を繰り返し、大規模な組織、機構、国家が次第に生まれていく。「分裂から統合」が進歩の証と受け取られた時代があったが、21世紀に入り、既成の大規模な組織、機構の機能不能などを理由に、再び個々のメンバーや組織、主権国家が意思決定権を奪い返していく非中央集権化が静かに進められてきている。
冷戦時代の盟主・ソ連や、旧ユーゴスラビア連邦は1980年後半から90年代に入ると連邦が解体され、連邦を構成してきた共和国が次々と独立していったのをわれわれは目撃してきた。その一方、EUは加盟国を増やし、現在で28カ国、総人口5億人を超える大規模な機構に発展していった。統合、分裂、統合と進んできた近代史で現在、再び分裂傾向が主導権を握ろうとしているように見えるのだ。
もう少し、具体的に説明する。2016年上半期のEU議長国オランダのマルク・ルッテ首相は、「ブリュッセル主導の意思決定ではなく、安保問題や難民対策など大きなテーマ以外は加盟国の政府、議会が自主的に決定すべきだ。なぜならば、自国の政策は自国の政府、議会が最も良く知っているからだ」と主張する。ルッテ首相のEU観は英国キャメロン首相と酷似しているわけだ。
昨年は100万人を超える難民が欧州に殺到した。ブリュッセルで開催された内相理事会で加盟国の難民収容の公平な分担が決定し、16万人の難民の分配を決めたが、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーなど東欧加盟国からブリュッセル主導の一方的な決定に不快感を露わにした声が飛び出してきたことは記憶に新しい。
オーストリアの代表紙「プレッセ」は12月31日付一面に「危機がEU各国の国営化(Nationalisierung)を促進」という見出し記事を掲載している。東欧のブリュッセル批判を単に民族主義的傾向と受け取るか、非中央集権化と見るかで立場が異なるが、当方は後者の見方だ。いずれにしても、EU内で非中央集権化を支持する声が高まってきているだけに、英国で2017年までに実施予定のEU離脱を問う国民投票の動向が重要な鍵を握っているわけだ。
ちなみに、EU議長国オランダのルッテ首相は、「今年上半期は運営が難しい期間だ」と予想するが、それはEUがテロの脅威、殺到する難民、加盟国の財政危機など重要議題に対峙しているからではない。非中央集権化の潮流に直面し、EUの結束に緩みが見られ出したからだ。それはEU内の極右派政党の躍進となって既に表面化してきている。
興味深い点は、EUの非中央集権化傾向は欧州キリスト教会、特にローマ・カトリック教会でも急速に見られだしたことだ。世界に12億人以上の信者を有するローマカトリック教会最高指導者ローマ法王フランシスコはバチカン内の改革を推進中だが、その中心的アイデアは、バチカン主導のカトリック教会から脱皮し、各国の教会司教会議が決定権をもち、教会運営を実施していくというものだ。
バチカンのシノドス事務総局事務総長ロレンツォ・バルディッセーリ枢機卿はバチカン日刊紙オッセルヴァトーレ・ロマーノとのインタビューの中で、「ローマ法王は将来、各国の司教会議の役割を強化したい意向を持っている」と証言し、「法王は地域シノドスの意義をよく理解している。どの権限を各国司教会議に委ねるかなどは今年2月ローマで開催する教会法専門家セミナーで話し合う予定だ」という。
世界代表司教会議が昨年10月4日から3週間、ローマで開催されたが、そこでローマ法王を中心としたバチカン中央集権体制ではなく、各国の司教会議に権限を委ね、その国々の事情を配慮した教会運営が大切だという意見が支配的になってきたことは既に報告済みだ。特に、離婚・再婚者への聖体拝領問題で各国の司教会議の判断に委ねるという考えだ。
バチカンの非中央集権化とは、ローマ・カトリック教会の“正教会化”といえる。正教会では各国の正教会が独立し、主体的に教会を運営する一方、精神的最高指導者としてコンスタンティノポリ全地総主教を置いている。同じように、ローマ法王は世界のカトリック教会精神的指導者に留まり、実質的な教会運営は各国教会司教会議が実施していくという考えだ。
EUやバチカン法王庁で見られる非中央集権化は今後、どのように進展するか、その動きに反発する勢力の巻き返しなるか、新年は波乱含みでスタートする。