核・拉致トランプ頼みの不安
安倍晋三首相は7日、トランプ米大統領との首脳会談で、米朝首脳会談に向け、核、ミサイル、拉致問題で最終的な擦り合わせを行った。今の時期に「擦り合わせ」が必要になったのは、米朝の駆け引きが続く中でトランプ氏の発言が二転三転し、4月の首脳会談で確認した安倍首相との共同歩調にずれが生じたためだ。
核問題で、日米は北朝鮮の完全、検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)に向け「最大限の圧力」を加える方針を堅持してきた。しかし今月1日、金英哲労働党副委員長と会談したトランプ氏はその言葉を使いたくないと言い始めた。専門家が「完全な検証は難しい」と口をそろえる北朝鮮の非核化に対し、譲歩の兆しを疑う声が広がった。
また、トランプ氏の首脳会談「中止」表明前は、日本に直接関係する北朝鮮の生物化学兵器や中短距離ミサイルの廃棄に関する発言が米政府高官から出ていた。が、首脳会談の再推進に当たりトランプ氏が「リビア方式」の核廃棄を否定し、北朝鮮の体制保証を言及した後は表立って言及されなくなった。
拉致問題と関連しても、トランプ氏は金英哲氏との会談の中で「人権について議論しなかった」と発言。関係者に、非核化をめぐる攻防の中で拉致問題が素通りされるのではないかとの不安が広がった。
7日の首脳会談でもこのような疑念や不安は解消されず、逆に首相が歩調を合わせる様子が目立った。
首相肝いりの拉致問題ではトランプ氏から「必ず北朝鮮と議論したい」との約束を取り付けた。しかし、問題の本質はどのような脈略で拉致が議論されるかだ。
トランプ氏は同じ会見の中で、対北関係正常化について「私ははっきりとそれを望んでいる」と表明し、「安倍首相と文在寅大統領は、彼ら(北朝鮮)を経済的に大きく支援することを私に強く話してきた」と述べ、地理的に遠い米国より、日中韓3国が経済支援に適しているとの考えを改めて表明した。
トランプ氏は、経済支援は国交正常化の後であり、「拉致問題の解決なくして国交正常化はない」という日本の立場を十分承知しているはずだ。であれば、経済支援がらみだけで拉致問題に言及する可能性も否定できない。
核、ミサイル、拉致は、日本が日朝交渉で解決できなかった問題であり、現状では米国と歩調を合わせて進む以外に打開の道が見えない。それは結局、米国(トランプ大統領)頼みということだ。問題はトランプ氏が対北対話で何を目指しているかだ。
よく言われるように、中間選挙のための実績づくりとか、ノーベル平和賞狙いとかいう個人的な利益が目的であれば、ある面、底が見えている。北朝鮮に付け込まれて、従来の失敗を繰り返すのが落ちだろう。
しかし米国が、かつて東西冷戦時代にソ連と対抗するために中国と手を結んだように、中国に対抗するため対北政策の戦略的な転換を見据えているのだとすれば、朝鮮半島情勢が地殻変動を起こす可能性も出てくる。また、金正恩氏の出方次第では、トランプ氏が席を立つこともあるだろう。
いずれにせよ、12日の首脳会談は第一歩にすぎず、会談がどこに向かうか全く予断を許さない。日本は今のところ会談の行方を見守るしかないが、原則的立場は守りつつ、急激な情勢変化にも能動的に対応できる入念な準備を怠ってはならない。
(政治部・武田滋樹)