北は「非核化詐欺」狙いか

米朝首脳会談の焦点(中)

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は今回の米朝首脳会談に国運を賭け、ある種の「決戦場」と位置付けているとみられるが、日本をはじめ国際社会が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」に応じる可能性は低いとみられている。

 金正恩氏は祖父・父から引き継いだ世襲独裁体制を今後も維持し、自らの長期政権に道を開くには当面、核・ミサイルの武力挑発路線で招いた国際社会の制裁を緩和させる必要がある。さらにトランプ米政権は北朝鮮への軍事攻撃も辞さないと口にしてきた。「追い込まれる前に先手を打って米国との談判に持ち込もうという方針」(元公安幹部)を固め、入念にシナリオを描いたとみられる。それが新年の金正恩氏による「融和演説」を皮切りに始まったここ5カ月余りの融和路線への大転換である。

 北朝鮮は会談を「成功」させるため周到な根回しを行った。北朝鮮に融和的な韓国・文在寅政権という「理解者」と地政学的に北朝鮮を支え続ける中国・習近平政権という「後ろ盾」との間で、わずか2カ月の間にそれぞれ2度にわたり首脳会談を行った。CVIDを促す米国の圧迫が強まり、会談開催が危ぶまれる場合も韓国が自ら仲介役を買って出て米国説得に動いてくれる。中国は米国による攻撃を抑止する最後の砦(とりで)だ。

 米朝会談の最大の焦点は北朝鮮の非核化だが、これまでの動きを見た限り当の北朝鮮は「段階的、部分的な非核化」以上に譲歩することはしない構えだ。4月の党中央委員会総会で採択された「核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験の中止」も先月行った北東部・豊渓里にある核実験場の爆破も全ては米朝会談の「呼び水」であり、それだけでは北朝鮮の非核化に対する本気度を図れるものではない。

 米朝会談で北朝鮮はそれなりに踏み込んだ非核化を約束する可能性がある。11月に中間選挙を控えたトランプ氏にとっても「成果」と言えるには、少なくとも既存の核兵器の廃棄・海外搬出と共に査察団の受け入れにも応じなければならないからだ。

 だが、第三者が把握できる北朝鮮の核保有数は隠蔽(いんぺい)しているものを含めた実際の数よりはるかに少ないのが実態ともいわれる。隠蔽された核をあぶり出させない自信があるからこそ、北朝鮮は米国と「非核化」をめぐりこれだけ堂々と協議し始めたといえよう。

 CVIDが何も担保されないまま、制裁緩和や体制保証など北朝鮮への見返り話に米国が応じた場合、会談は政治ショーに転落する恐れがある。仮に北朝鮮が見せ掛けの非核化で見返りを得たとすれば「壮大な非核化詐欺」(北朝鮮情報筋)も同然だ。

 体制保証に道筋を付けるため、北朝鮮はすでに4月の南北首脳会談で年内の終戦宣言とその後続措置として朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換させるための米国、北朝鮮、韓国の3者あるいはこれに中国を加えた4者による会談を進めることで合意済みだ。トランプ氏もその「終戦宣言」に先日初めて言及し、米朝会談で「非核化」よりも優先の議題に上るとの観測さえ出ている。

 北朝鮮ペースは米朝会談後も続くのではないか懸念される。

(編集委員・上田勇実)