Date archive for 12月, 2025

「神はいない」という無神論に立脚し、巧妙な哲学ともっともらしい論理を引っ提げて登場したマルクス・レーニン主義であった。

「共産主義解放」は“滅共”ではない

 「ソ連が変われば世界が変わる」——これは最初から文鮮明先生の信念であった。そして、文先生は“ソ連帝国の終焉” “国際共産主義の解放”こそメシヤ・救世主たるご自身の最大の使命であると鉄石のごとく信じておられた。「神はいな…

続き

植民地解放の英雄シモン・ボリバルの精神の下に、文師はAULA(ラテン・アメリカ統一連合)を創設した

世界言論人会議など3大機構を準備

 しかしながら、文先生の頭の中には、最初から新しい戦略、しかも奇抜な戦略があったのである。  第一に、時が来るということである。ソ連の滅亡を予言された文先生は、表面上は強大に見えるソ連帝国の内部に、既に衰亡の徴候が現れ、…

続き

文師の爆弾発言に、著者はあまりの驚きで心の中では首を横に振っていた

爆弾宣言「次の大会はモスクワで」②

 しかし、一体どうやって? この点に関しては、誰も言及する者がいなかった。語ることができないのである。なぜか? 到底不可能だからである。  勝共の総帥(そうすい)、文鮮明先生が、勝共の手兵を率いてモスクワに入城したとしょ…

続き

「モスクワへ必ず行かねばならない!(We must go to Moscow !)」が、全世界の統一運動のスローガンとなった。

爆弾宣言「次の大会はモスクワで」①

 私はすでに、1976年にアメリカの首都ワシントンDCで行われた30万人大会について紹介した。この大会はアメリカ建国200周年記念行事の一環として開催されたものである。「ゴッド・ブレス・アメリカ (God Bless A…

続き

世界を驚かせた「レバレンド・ムーン—ゴルバチョフ会談」

文鮮明師とゴルバチョフ大統領の出会い

<前の記事  1990年4月11日! 不可能なことが創出された日である。到底不可能と思われていた二人の巨人の出会いが実現したのである。信仰の世界では、このようなことを指して「奇跡」と呼ぶ。  一人の巨人は、1960年代以…

続き

1983年、韓国での世界平和教授アカデミー国際会議の場で、文師はひとつの予言といってもいい講演をしていた。

ソ連帝国滅亡の予言②

 博士自身の言葉を聞いてみよう。  「1985年、ジュネーブで文鮮明師が提唱する世界平和教授アカデミー(PWPA)の『ソ連帝国の崩壊』をテーマにする国際会議が開かれ、私が共同議長を務めました。  当時、ソ連はまだその勢力…

続き

国際会議の場で、当時の共産主義宗主国ソ連の滅亡が5年以内に迫っていることを宣布した、モートン・カプラン博士(シカゴ大学教授)

ソ連帝国滅亡の予言①

 1985年8月、文鮮明先生が創設された「世界平和教授アカデミー(PWPA)」の第2回国際会議がスイスのジュネーブで開催された。会議の目的は「ソ連共産帝国の崩壊」を予言・宣布することであった。それも5年以内に崩壊するとい…

続き

ホワイトハウス大統領執務室で、離任を前にしたレーガン大統領から文鮮明師への感謝を伝えられる

レーガン大統領、文鮮明師に感謝のメッセージ

 1989年1月20日、ジョージ・ブッシュ政権が出帆した。このブッシュ大統領の就任式を見て、8年の間、暴風が吹きすさぶ中で、あらゆる難関を踏み越えて一歩一歩レーガン・ドクトリンを遂行してきたレーガン大統領は、感慨無量だっ…

続き

ワシントン・タイムズ1988年11月9日付。レーガン政権で副大統領を務めたジョージ・ブッシュ候補が第41代米大統領になった

クエール非難のマスコミ人はベトナム反戦主義者ばかり

 その次の日から、ボルシュグラーブ編集局長はクエール救出作戦に集中した。奇想天外な戦略を立てたのである。まずワシントン・タイムズはすべての議員たちの兵役履歴を明らかにした。その実態は、兵役と縁のない議会議員が大部分であっ…

続き