Date archive for 9月, 2025

アメリカ屈指の三大日刊紙の一つに成長①
1988年にアメリカのAP通信社が、全米の2000社近い日刊紙の調査をしたことがあった。その結果、驚いたことにワシントン・タイムズが、アメリカで最も多く他の新聞に引用された三大新聞の一つであることが判明した。1位がニュ…


「もしもワシントン・タイムズがなかったら」
ここで、米ソ冷戦の当事者だけでなく、歴史家の学問的な考察にも目を向けてみよう。ロシア史・ソ連史研究で著名なマーティン・メイリア教授(カリフォルニア大学バークレイ校)の以下の考察には全面的に同意できる。 「ソヴィエトに…


「SDIがソ連の軍拡路線を放棄させた」②
「米国と旧ソ連両国政府の80年代の外交、防衛関連首脳が参加したこの会議では、ソ連に従来の米国との軍事対決の政策を変えさせ、冷戦の終結を実現させたのは何か、という疑問が中心課題となった。会議の中でベススメルトヌイフ氏は『…


「SDIがソ連の軍拡路線を放棄させた」①
ソ連はSDIを理止しようと躍起になった。1960、70年代を通じて一貫して軍拡に力を注いできたソ連は、既に述べたように、アメリカに対して核戦力で圧倒的な優位に立った。しかし1980年代に入ってからは、ソ連経済に疲弊(ひ…


防御重視の平和的戦略へ大転換②
これらの討議の過程で、私は次第に強く次のことを確信するに至った。すなわち、(ソ連など)他の国々や人々に対処するに当たり、(報復攻撃によって)彼らの存在を脅かすこと以上の高い立場に、人間精神が立ち得るに違いないということ…


防御重視の平和的戦略へ大転換①
レーガン大統領はこの世論の新しい潮流に乗って、1983年3月23日、テレビ放送を通じて演説し、ハイ・フロンティア構想を「SDI(戦略防衛構想)」に衣替えしたうえで、正式にアメリカの国防政策として採択すると宜言した。 …


救国のため敢然と立ち上がったワシントン・タイムズ
この様子を見て、文鮮明先生は決断された。 「ワシントン・タイムズを作った目的は、まさしくこのような時のためである。ワシントン・タイムズは立ち上がって全力投球せよ!」と命じられたのである。 この命令に呼応して、当然の…


「スター・ウォーズ・ゲーム」と嘲笑されたSDI
以上で明らかなように、MAD戦略に基づいてソ連の核攻撃を牽制しようとするアメリカの戦略は、1980年代初頭の時点で完全に破綻を来していた。この不利な状況の下では、グラハム将軍が発表したハイ・フロンティア構想は暗い夜を照…


恐怖の均衡|報復攻撃の脅しで核戦争を抑止②
第二に、ソ連の核兵器の破壊力が驚くほど増大し、この面でもソ連は対米優位を確保するようになった。水素爆弾(メガトン級)はたった一発でニューヨークのような大都市を灰燼(かいじん)に帰すだけの威力を持つ。破壊力が大きくなれば…
