日本とモンゴルは北東アジア最良のパートナー 本紙創刊40周年新春特別座談会(下)


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日本・モンゴル文化と大相撲

300震災慰霊にモンゴル演出家も フレルバータル
乗馬の環境から強い力士育つ 内山
白鵬らの力の源泉は「家族力」 木下

真面目過ぎても面白味に欠ける 内山 
25年前に民主化選択した若い国 フレルバータル 
日本人は大志の持ちようがない 木下

 内山 家畜ということで言うと、モンゴルは人口が292万人なのに、羊が約1500万頭にもなると紹介されている。これは、国民1人当たり5頭飼っている計算になります。それぐらい羊大国なんですね。

 フレルバータル よくご存じで。

 内山 いまはジープに乗っている人もいると思いますが、いまも馬に乗ったり、羊を飼っている人も大勢いるわけです。そういう環境の中で暮らしていれば、そこから強い力士が生まれるのも当然ですね。

 木下 先ほどの家族力の話でよく聞くことですが、モンゴル出身の力士たちは、実家に毎日のように電話すると聞いています。大使、これは本当でしょうか。

 フレルバータル 私は、白鵬が九州場所で優勝した後の打ち上げパーティーの時、彼が家族に電話しているところを見ました。お父さんから「早くこちらに戻って来い、みんなで祝ってやる」と言われたと笑っていました。お父さんと、誰に対してどういう技で、というような相談もよくすると聞いています。

 木下 そういうこともですか。

 フレルバータル お母さんからも電話で「頑張れよ、風邪引かないように」と言われている。

 木下 日本も小遣いではなく、電話で激励したりしないといけませんね。タニマチと言われる人たちも、昔ほどかっこよく応援する人も少なくなってきています。そういうことも、日本の力士が伸びないことと関係あるのでしょうか。

 内山 全くいないわけではないが、もう昔のようなタニマチは、ほとんどいなくなりましたね。

 木下 そうですか。そういう家族力、タニマチ力があれば、それを意気に感じて、苦しいけど頑張ろうとなると思うんですが。そこは、モンゴルとは根本的に違いますね。

 内山 それもあるが、みんな真面目になり過ぎてしまいました。朝青龍の場合は、場所が終わると、みんな来いと言って、関係ない下っ端の力士を20人ぐらい連れて行って焼き肉食べたり、キャバレー行ったりして、一晩で100万ぐらい使ってました。白鵬は、場所が終わると、風呂に入って、家に帰って、娘を膝に乗せて晩飯を食べる。真面目と言えば真面目ですが、抜けたところがない。マスコミ的に言うと話題が少ないんです。別にスキャンダルを求めるわけではないですが、マスコミはどうしても話題性を求めますのでね。勝った負けたという土俵の上だけの話では、面白味に欠ける面もあります。(笑)

 木下 日本人の横綱がなかなか出て来ないのはさみしい限りです。大学出身の力士たちがそこそこの所までは行くという話がありましたが、大学の立地は、だいたいビルに囲まれている環境ですね。モンゴルもウランバートルは近代化されてビルも建っていると思いますが、我々のイメージでは大草原の中でいろいろな風雨に耐え、自然の素晴らしさや怖さを感じながら暮らし、自分一人で生きているのではない、いろいろなものに支えられながら生きているんだ、という考え方を持った人が、モンゴルを代表して日本にやって来る。そういう志の高い人と比べ、近代化の中で生きる、委員長が言われたように、東京の子供は、地下鉄に乗って階段を上るから鍛えられるんだというような環境では、あまりにも違い過ぎる。日本人は大きな志を持ちようがないところがあります。ところで、昨年(平成26年)10月1日に国立劇場で俳優で演出家のドグミド・ソソルバラムさんの公演(第69回文化庁芸術祭オープニング公演「伝統芸能の交流-日本・モンゴルの歌と踊り-」)を見ました。この方は、モンゴルでは英雄だそうですね。

 フレルバータル はい。とても有名です。

 木下 この方の舞台、演出、ご本人の歌も聞いたのですが、あの大きな体で、朗々と詩を吟ずる、演技をする、歌を歌う、そういう姿を見て、ちょっとこれはスケールが違うな。さすがチンギス・ハンの血を引いている民族の方だなと感動しました。

 フレルバータル この前、彼から私に電話が来ました。「東日本大震災が起きた時期に、モンゴルの僧侶や歌手を連れて10名ぐらいで日本に行きたい。一番被害がひどかったところで、慰霊祭をして、2万人の人たちの魂を慰めたい。そして、太平洋に出て、船の上で海に二度と怖いことをしないようにと僧侶たちとお経を読んだり、歌を歌いたい。また、チャリティーコンサートをして、お金が入ったら一番困った人にあげたい。大使、協力してくれますか」という話でした。私は、まだまだこういうモンゴル人がいるんだな、ととても感動して、ぜひ協力しますと約束しました。

 木下 ソソルバラムさんの公演には、皇太子殿下御夫妻も来られて、舞台をご覧になりましたね。本当に素晴らしいと言いましょうか、人知を超えた力を得ている方ではないかと思うくらい感動しました。

 フレルバータル いま、思い出しましたが、ソソルバラムさんは歌が上手で、作曲もできますし、また踊りを踊ったり、映画やドラマにもよく出演していますが、それに加えて漫才もできるんです。

 木下 えっ、あの漫才ですか。

 フレルバータル はい。彼が作った漫才を一つ紹介しましょう。「私はスリです。スリをするため国技館に行きました。しかし、盗(と)るものがなかったので、相撲を取って帰りました」というものです。(笑)

 木下 ジョークもなかなかですね。

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内山 斉氏

 内山 モンゴルはいま、地球上では数少ない夢と希望のある国だと思います。なぜかというと、人口の約40%がウランバートルに集中しています。人口の一極集中という面では問題を抱えているとは思いますが、一方でまだ手付かずの大草原が広がっているというのは、夢と希望を与えてくれます。日本はどこへ行ってもビルばかりで、大きな志を持つことが難しいですね。

 フレルバータル モンゴルにも抱えている問題はたくさんあります。モンゴルは、大変古くて、若い国と言えます。2200年前に国家が造られたという伝統、13世紀にユーラシアを跨(また)ぐ帝国を造った歴史、これを見ると古い国と言えます。一方で、わずか25年前に民主主義の道を歩み始めた若い国家です。また、全人口の7割が35歳以下の青少年というように、若者の国です。すべてがこれからの国です。かつて経済の主な柱の一つは牧畜産業でした。今後はそれに加えて、鉱山工業を開発して新たな発展へと出発を始めたばかりです。そのためには、まず自然開発をしないといけません。そして、若い人口が多い国なので、教育ですね。この二つに集中して問題を解決していこうとしています。問題はたくさんありますが、議論することで、自分たちが歩んでいくべき道が見えてきたところで将来が楽しみです。

 内山 モンゴルは原油の95%ぐらい輸入していると思いますが、大草原に穴を掘ったら、石油が出てくるのではないですか。

 フレルバータル はい、実際に出てきました。いまはまだ、モンゴル全国土の3割しか地質調査をしていません。残りの7割で何が出てくるか分からないので、非常に楽しみにしています。

 木下 天然ガスも可能性はないですか。

 フレルバータル 天然ガスも石油も出ないと言われてきましたが、掘ってみたら出てきました。モンゴルは、何があるかより、何がないかを言うほうが簡単なくらい地下資源が豊かな国です。

 内山 無限の可能性がありますね。

 フレルバータル あります。今後も、インフラストラクチャーの整備やそれを動かす人づくりをする教育、そして環境問題を大事にして頑張っていきます。

 木下 日本は、相撲を通してモンゴルと多岐にわたって交流を深めていく中で、希望が出てくるように思います。

 フレルバータル 相撲が日本とモンゴルの緊密化に果たした役割は、非常に大きいのです。相撲のおかげで、日本のことをよく知らなかったり、関心を持たないモンゴル人はいなくなりました。日本でも、相撲のおかげでモンゴルのことを知った人の数はどんどん増えています。

夢と希望がある大草原の国 内山
天然ガスも原油も出てきた フレルバータル
相撲を通じて多岐に交流を 木下

両国の緊密化に相撲が役割 フレルバータル 
軍事力を背景にしない安心 内山 
アジアの平和に通じる友好 木下

 フレルバータル 以前、群馬の山奥の人口が千人ほどの小さな村に行き、その村で唯一のバーに入りました。すると、隣のテーブルにいたおじいさんたちが、熱燗(あつかん)を持って近づいてきて「あなたは、千秋楽にモンゴルの賞を渡している人ですね。きょうは私がおごります」と言われました。日本のどこに行っても、相撲のおかげで私の顔を覚えてくれています。

 相撲が、日本とモンゴルの相互理解のために非常に大きな役割を果たしていると改めて実感しました。大使館ができて40年近く経(た)ちますが、その間の大使館の広報活動をすべて合わせたとしても、相撲の果たしてきた役割には比較できません。

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2008年4月、大相撲夏場所前の横綱審議委員稽古総見で元横綱大鵬の納谷幸喜さん(右)に挨拶する白鵬=東京・両国国技館

 木下 相撲の力、文化の力は本当にすごいですね。

 フレルバータル すごいものですね。日本とモンゴルの関係は近年、本当によく発展しています。いま、日本とモンゴルの関係は、北東アジアで一番親しいパートナーに生まれ変わっています。

 木下 まさに、おっしゃる通りですね。

 フレルバータル わずか30年前まで、日本に対するモンゴルの人々の目は厳しいものがありました。アジアの国を植民地にしようと戦争を起こそうとした怖い国、と見ていました。それが、いまでは百八十度変わりました。

 なぜ変わったかというと、モンゴルが一番困っていた90年代、社会主義経済から市場経済に移行するための新しい経済的な基盤づくりを、どの国より一番早く助けてくれたのは日本だったからです。モンゴルに対する世界の支援の半分は日本でした。日本に対する感謝、関心、期待は大きいです。15年間、毎年行われてきた世論調査で、一番好きな外国のトップは日本です。

 木下 ありがとうございます。うれしいです。

 フレルバータル そして、これから一番期待できる外国のトップも日本です。ですから、日本とモンゴルは、地域内の国家同士の関係の模範になるようないいパートナーに生まれ変わりました。それが、両国の関係の一番の成果ではないかと見ています。

 内山 相撲が果たした役割も大きいですね。3人の横綱や旭天鵬、逸ノ城もモンゴル出身ですから、相撲で絆を深めた面が非常に大きいですね。

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モンゴルの著名な演出家・ドグミド・ソソルバラム氏(右)とソプラノ歌手・家田紀子さん(2014年10月1日、東京・国立劇場で)

 フレルバータル 去年、オランダに行ったとき、そこに住んでいる70歳のモンゴルのおじいさんに会ったのですが、私が日本の大使だと知ると、相撲の話ばかりしてきました。不思議なことに、向こうでもテレビ中継しているそうです。そのおじいさんが家でいつも相撲ばかり見るので、アニメが見られない孫たちといつも喧嘩(けんか)になっているそうです。相撲は、日本に対する関心、興味を呼び起こす上で非常に大きな役割を果たしています。

 木下 白鵬は、国際相撲大会を開催していて、そこに日本とモンゴル、韓国、中国の子供たちが参加しているそうですが、さらに今後は米国やキューバも入れていくというように、本当に未来を考えたことをされていますね。また、大使も直接関わっておられると思いますが、アジアにおいては北朝鮮の問題がある中で、モンゴルと北朝鮮のパイプは政治的に見て強いですね。日本とモンゴルの関係は相撲を通して、アジアの平和に貢献できると思います。

 内山 特に北朝鮮は中国との関係が悪化しているので、モンゴルが間に入るといいと思います。

 フレルバータル モンゴルは北東アジアの一員ですから、地域の安定と発展に貢献できる国になりたいと思っています。そういう意味で、北東アジアの安全保障問題に力を入れています。20年ほど前から、北東アジアはさまざまな難しい問題を抱えているので、対話を通して、お互いのことを理解し合わないと解決は難しいと思います。そこで、ウランバートル対話というイニシアチブを提案しています。その枠組みの中で、日本と北朝鮮の会談もウランバートルで定期的に行ってほしいと思っています。できれば、我が国なりに拉致問題解決に貢献したいという思いで努力を続けてきて、少ないですが結果が出始めているのは大変いいことです。

 内山 モンゴルは、中国やロシアと違って軍事力を背景にしていないので、北朝鮮から見ると、安心して付き合えるというか、何でも話し合えるというメリットがありますね。

 フレルバータル 北朝鮮に対しては「核はやめてください。核を持って安全保障が強くなった例はありません。逆に、地域内の安定に悪影響を及ぼします。それよりモンゴルの例に従ってください。モンゴルは、自分の国土を非核地帯と宣言しました。それを、核を保有する五つの国も認めて『モンゴルの安全は国連が保障します』と、国連で決議が採択されました。モンゴルのように、政治的、外交的手段で、安全保障を確保することは可能です」と北朝鮮やイランにも説得しているところです。

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世界日報主筆(社長)木下義昭

 木下 きょうは、大使から激励を頂きました。相撲界で日本人の横綱が早く誕生して、完全にモンゴル出身の力士だけの大相撲にならないほうがモンゴルの人たちにとってもいいんだ、と言っていただきました。何より、白鵬は、優勝してもらうカップは、天皇杯ではない、他のスポーツと違って天皇賜杯なんだと、しっかりと違いを区別しているんですね。昭和天皇の写真をお母さんから持たされたことといい、これは日本人としては、もう大感激ですね。

 このことを見ても、白鵬はモンゴルを愛していますが、それ以上に日本を愛しています。それが本当の日本とモンゴルの友好関係につながって、これがまたアジアの平和につながっていくといいと思います。きょうは、相撲の奥深さをつくづく感じた次第です。

 フレルバータル それは別として、私は日本人横綱が誕生する時期はそんなに遠くないと信じています。

 内山 大使から激励を頂いたので、さらに頑張らないといけないですね。

 木下 ありがとうございます。先ほども話題にしましたが、ソソルバラムさんの歌と演出を見て、いやあ、これはモンゴルの大きな愛の中に日本人もいるんだなあと、実感いたしました。

 フレルバータル 今度、彼が日本に来たらモンゴル大使館で一緒に食事をしましょう。どういう食事をしてモンゴルの男が強い体をつくるのか、モンゴル料理を試してみてください。

 木下 本日は新年にふさわしい座談会となりました。ありがとうございました。